天体写真コレクション 羽刈の里天文台より

冷却CCDカメラによる天体写真の掲示。観測ドームの製作過程や使用器具など紹介しています。

日本の空を日本の翼で YS11

  所沢航空公園でのYS11機内公開(ブログUP済)を機に、開発の歴史を振り返り、その要点をHPに載せましたので拙作ながらお立ち寄り頂ければ幸いです(リンクは文末にて)。 以下はHPより抜粋です。
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 写真左は開発立ち上げに奔走した通産省重工業局(当時)赤澤璋一氏、右は基本設計リーダーの東大教授木村秀政氏。
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YS11機の誕生前は、DC3,DC4,コンベア機などが日本の空を支配していた。
 DC3 

12_dc3_bw.jpg
 DC4 
12_dc4.jpg
 コンベア440 
01_conv.jpg 
 そして活躍中のYS11機
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 出典 YS11 国産旅客機を創った男たち 前間孝則 講談社 など。
  11_reference.jpg

  ホームペイジの該当記事ペイジは 「こちら」 からどうぞ。


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  1. 2016/11/15(火) 11:15:05|
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YS11機内公開 所沢航空公園

 時折りやっている機内公開。 だが機内保護上 雨や濡れた靴が心配な時は中止…。 
 さて前夜の雨はあがり 晴れてはいるが…?…と言うことで電話確認後 出かけました。
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 窓を空けて虫干しか。 非常扉までも開けられるところは全開でした。
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 アナログでいっぱい。電卓さえない時代…竹製の計算尺や機械式計算機が活躍したのかな~。
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 白いのがスロットルレバーか?、そのほかは燃料コントロールとかプロペラ角度を調整するレバーと思います。 またRUDDER(方向舵)の文字も見られます。 
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 とてもクリーンに保存されていました。
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 驚いたことにオーバーヘッド荷物入れ(ボックス)は無しで、タナがあるのみでした。 ハットラック…当時は帽子がよく使われていたのでその置き場所のようです…。落ちて困るものは×。
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 立派なトイレ。 便器まわりはなぜ青いのだろう?。
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 最後部は16列、× 4 = 64人乗り? 見落としたが13番が欠番なら-4人…。
 最大64人乗りと言われるが、JAL機で13番列を欠番とし17番まで(つまり16列)のバージョンもある。(wikipediaより)
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 かっこよいロールスロイスDart ターボプロップエンジン…が納まるところ。拡大して主翼をよく見ると どこもリベットだらけ…この部分は構造上重要部で特に多いのかも知れません…  全開の非常扉から撮影。
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 美しいプロペラ。
prop.jpg 
  最も美しいのは、このねじれ具合。プロペラ先端は随分薄くなっています。
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 タイヤが随分小さかった(左写真は前輪、右が左右エンジン下の主車輪部を後ろから撮影)。 主輪部のストラットやブレーキ系も意外なほどコンパクトでした。
wheel_f.jpg  strut.jpg 
 各部 随所に丁寧な手作り感があふれていました。
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 リング状の骨も軽そう(まさにセミモノコック構造)。 これは落下衝撃試験後の状態で3mの高さからコンクリート面に自然落下させたもの。 もとは丸かった下面が平らに変形しています。 YS11は丈夫だが重いという声も一部あったようです。
07_1.jpg(格納庫に展示)

 行列ができていて、後ろ扉から 約10人/5分間隔で入れて、前扉から退場…でした。
(トコロテンは困るので「栃木県から来ました」とお願いしたら快く長居させてもらえました。ベツニ栃木県でなくもOKなのに)
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  航空機という国家的事業の開発の立ち上げには通産官僚の一途な働きがあったようだ。 そしてそれが実を結び、初飛行以来 改良が重ねられ堅ろう安全との評価が生まれつつも、何年かのち採算理由で182機でいとも単純に製造中止…。そして皆が米国某社の下請けに甘んずることになる。 
 したたかな航空機ビジネスの世界のなか、コスト競争力、長期戦略等々色々問題もあったと聞く。
 
 しかし今日、日本の技術力の高さは世界の知るところとなった中、MRJには謙虚に実力で勝負、頑張ってもらいたいと改めて思いました。



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  1. 2016/11/02(水) 12:07:36|
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日本の航空機の歴史 [所沢航空発祥記念館]

 日本の航空機の歴史を知りたい…と標記記念館へ行ってきました。 所沢にはブログ村の住人がおられたと思いますがお邪魔させて頂きます。
 ライト兄弟の初飛行が1903年、日本での初飛行はその7年後の1910年(明治43年)代々木練兵場(現在の代々木公園)で徳川好敏、日野熊蔵 両大尉が操縦し成し遂げられました。 一方日本初の飛行場として開設された所沢の地で同じく両大尉により翌年(所沢での)初飛行が成功裏に行われ、以来この地は日本の航空発祥地としての歴史を歩んだのでした。

 航空公園の一画にある記念館です。
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 航空機の歴史では、中島飛行機は欠かせないところです。
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 日本には 『二宮忠八』 というパイオニアがいました。熱心な研究家で 若くして凧作りに秀で、飛び魚や昆虫を通じ飛行原理を研究しました。 その成果が『玉虫型飛行器』で、ライト兄弟飛行成功の10年くらい前のことでした。 但し動力はゼンマイや人力足こぎ…と言うことで飛翔不能でした。
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 欧米でも 『リリエンタール』 『ラングレー』 などが盛んに研究していた頃で、日本でもこの『足こぎでプロペラ&車輪を駆動する推進装置』 『可変翼』…などのアイデア、工夫は進歩的で、かつ『飛行器』という名称まで付けたのは素晴らしい先進性の持ち主であった。

 忠八は本格的研究を進めるべく設計図と上申書を提出したが、当時の参謀長『長岡外史大佐』は受け入れませんでした。(長岡は、こんなものは戦争には役立たない…と将来への潜在能力を見抜けなかったのでした)
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 下の写真が長岡外史(ナガオカガイシ)。
 後に自身の先見性のなさに気づき 忠八に謝罪し、飛行機の発展に尽力したそうです。 すなおに忠八に謝ったとは 古(いにしえ)の大物のようで、陸軍中将まで上り詰めました。 それはともかく このひげは~? つばさのつもり?

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 日本での初飛行は、1910年(明治44年) 代々木練兵場…と冒頭触れましたが、以下はそれを報ずる同年 12月20日付け朝日新聞記事です。下の2人は日野(左)、徳川(右)両大尉。 
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 日野大尉はドイツ製のグラーデ機、徳川大尉はフランスのファルマン機を操縦しました。両大尉それぞれが学んだところの飛行機でした。新聞の写真は徳川大尉のファルマン機。
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 下は 『会式』 という徳川さん設計の国産練習機(ファルマン色が大分濃く…) 下の右は徳川さん。
   
会式という呼称の由来 : 航空技術を研究するための 『軍用気球研究会』 が1909年(明治42年)7月に創設され、
                    立地の良い所沢が選定されましたがこの研究会の方式…と言うことでの『会式』です。

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 これはブレリオ機(仏)1907年にドーバー海峡を史上初めて飛んだ。 1911年徳川大尉操縦、1時間9分、80km(距離)を飛んだ。
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 これは『奈良原式2号複葉機』 所沢での上記両大尉の初飛行後同年 『奈良原三次(海軍技師)』 により製作され、自ら飛行した初の国産機。 (上下両機とも卓上サイズのレプリカ)
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 本格戦闘機の開発競争時代となる。 下の九一式は中島飛行機が仏人技術者を招き開発した機で、九一式とは皇紀2591年の下2桁から来ている。(皇紀2591年は西暦1931年/昭和6年)
九一アップ角度1  
 胴体先端部の発動機が搭載される部分。
11kyuichi_1.jpg 
 上(天井方向)が写真では左になってしまったが、エンジンをマウントする部分は機体の操縦席のすぐ前ににトラス構造っぽい部材で固定されるので。騒音はもとより振動も凄かったのではないかと思います。
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 木製の心材を金属で覆ったプロペラ。
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 これは『ハ115』型と言い 昭和8年、中島飛行機による 空冷複列14気筒エンジン(というより発動機) 改良版は2000馬力級にもなる優れもので 『隼』 『ゼロ戦』等に搭載された。(全てのゼロ戦ではないと思います)
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 ハ115 と九七式戦闘機(レプリカ)  …ハ とは発動機のハ。
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 下の写真に見られるように陸軍、海軍それぞれが戦闘機、攻撃機、偵察機、輸送機、爆撃機、飛行艇、練習機…と多くの軍用機が開発。製造されました。

 皮肉なことに、技術は戦争により発展したと言われますが、航空機は まさにその典型です。 当時の技術者はどんな気持ちで取り組んだか…複雑な気持で、或いは一心・一途に…といろいろだったことでしょう。 それぞれの機を見ると ため息ばかりです。よくもまあこれだけを…寺の鐘や鍋釜つぶして…と必死さは伝わってきます。
 
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 土井武夫氏(左)、木村秀政氏(右)は共に1904年/明治37年産まれ、共に昭和初期から日本の航空機発展に大きな貢献をされました。
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 上段は木村氏下段は土井氏による航空機。(上段右はYS11機)
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 戦闘機の仔細や、戦後から現在に至る部分は略します。

 このたびは 忠八さんに脱帽し、徳川、日野両大尉が当時の航空先進国フランス,ドイツに使命感と共に乗り込み短期間で技術・技能を習得、それを持ち帰り日本の航空の発祥・発展に貢献したこと、多くの優秀な技術者達、中島知久平の努力と手腕、その他挙げ切れませんが多くの先達には頭が下がりました。

 航空史の背後には戦争がありましたが、今や我々の生活に航空機は欠かせない道具になりました。 また、現代日本の宇宙開発は全て人類の平和・幸福のためにあることは誇らしいことです。



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  1. 2016/08/03(水) 10:45:24|
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国立天文台 三鷹 2

 9月の記事の続きです。
 三鷹天文台ではアナログ時代の研究者達の知恵と工夫と不屈の精神に感動し、今の時代は便利な有難い世の中なんだな~ということを、改めて思い起こさせてもらった次第です。 少しばかり有難過ぎる部分もあるようですが…。

 このドームは第一赤道儀室と呼ばれ、三鷹天文台最古の建物です。 古色蒼然とはまさにこのことで何か宮崎 駿さんの世界のようです。

01 第1赤道儀室 
 中にはカールツァイス製 20cm屈折鏡(fL359cm) が納まっていました。 F値はほぼ18ですので随分長~いです。 1939年から何と60年間も太陽の黒点観測を続けたとのこと。 右の写真で、接眼部下に紙が見えますがここに投影された太陽をスケッチしたそうです。黒点は日々の変化を記録することが大切だとの説明がありました。
02 20cm鏡 04 20cm鏡 
 驚いたことは、追尾システムは 『 重錘式時計駆動 』 なるもので、支柱内に仕組まれた重錘が落ちる力を速度調整装置でコントロールし、それを駆動力として追尾したことです。そんな方法でよくもまあこんな(電信ばしらのような)望遠鏡で撮影をやったものです。昔のアナログ頭(あたま)はすごいものです。

 下は1930年に建設された「アインシュタイン塔」と呼ばれる太陽の観測装置で、アインシュタインの一般相対性理論を太陽光の観測から検証する目的で建てられたものです。

05 アインシュタイン塔06 アインシュタインtop 
 塔全体が望遠鏡の筒になっています。トップのドーム部分には太陽追尾機能を持つ2枚の直径60cm平面鏡が、直下の固定対物鏡(45cm径 fL14.5m)に太陽光を導き下のコリメータレンズ、プリズムで精密分光観測が行われました。
 太陽の重力で太陽光スペクトルの波長がわずかに長くなる現象…アインシュタイン効果…を検出する目的 (サッパリ解りません(^皿^)) でしたが、残念ながら検証はできなかったそうです。 しかし戦後改良され、黒点磁場やフレアの観測では世界的に注目された成果をあげたそうです。

07 アインシュタイン解説  

 これは相当古い1880年ドイツ製の子午儀です。子午儀とは…?当方もあまりよく知らなかったので調べてみました。(以下先刻ご承知のむきも多いかと思いますが)。
 恒星の子午線通過の観測に基づいて,恒星の赤経,通過の時刻,観測地点の経度のうち二つを既知として,残りの一つを決定するための天文器械。…ウィキペディア

 今や天体はデータベース化されていますが、当時は眼視で計測したのですから大変な労力だったと思います。
08 レプソルド 11 レプソルド子午儀室
 またアストロアーツ2011年6月によると、レプソルド子午儀は、1880年(明治13年)のドイツ製で、翌年日本政府の海軍省海軍観象台が購入し、1888年に東京大学東京天文台(現・国立天文台)が発足した際、東京天文台に移管された…とありました。 その後長期にわたり活躍したそうですが、1949年、1962には本格的観測星表を出版し役目を終えました。
 上右はレプソルド子午儀が納まった観測室です。

 以下はゴーチェ子午環なるもので、天体の位置観測に使用されたものです。これも蛇足ですが、子午環は子午儀に目標天体の高度を測定する機能を付加したもので、これを用いると天体の赤緯や観測地の緯度も測定できると言うことでした。 説明パンフとウィキペディアの合作。
 
 09 ゴーチェ
 ゴーチェ子午環が納まった観測室(建物)です。ロマンチックな雰囲気です。  
10 ゴーチェ館 
 ゴーチェ子午環観測室のお隣に並ぶのは、自動光電子午環の建物です。 当然ながら眼視観測に比べ精度、速度共に飛躍的に向上したそうです。今は機器の資料館になっていました。
12 資料館
  
 
 三鷹市は、今では人口密集地で星空は望めませんが、ここは森に囲まれ喧騒も無く、また思いのほか広くよい環境でした。 当時の三鷹村はさぞかし美しい星空だったことでしょう。   

                                                                             国立天文台 三鷹 1 へ

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  1. 2013/10/31(木) 20:26:51|
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国立天文台 三鷹 1

 東京・三鷹の天文台は、深い森の中に 古きよきアナログ時代の観測施設が点在し、歴史博物公園のようです。
01三鷹の森
 以下は「大赤道儀室」と呼ばれる観測室で、65cm屈折鏡が保存されています。また天文台歴史館にもなっていて、器具、資料が展示されています。
02大赤道儀室 
 カールツァイス社製の65cmレンズ、焦点距離1021cm(10.21m)望遠鏡は圧巻です。右下の接眼部は背伸びしてやっと手が届く高さです。
03三鷹望遠鏡 
 もう…見上げるばかりです。
04三鷹望遠鏡06赤道儀 
 1998年まで、主に星の位置測定を行って来て、既にリタイアしていますが今でも観測は可能のように維持されています。 ただし夜空は随分明るくなってしまったことでしょう。
05三鷹望遠鏡 
 下は接眼部です。副鏡に天頂プリズムのようなものがついています。副鏡とは言え口径38cm、焦点距離1083cmですからF値は何と 28.5 になります。
07接岸部 
 以下は、1Fの大赤道儀の土台で、天井のように見えるのが上の観測室の床になります。この床は上下可動式で望遠鏡の姿勢に応じて高さを調整したそうです。 右(または下)は写真乾板上のスペクトル吸収線、輝線の位置を精密に測定するため工夫を凝らした装置の一部です。
…と言われてもサッパリ解りませんが、アナログ時代の装置の問題点を頭脳、知恵、工夫で克服しようとしたことはよく分かり、頭の下がる思いでした。 乾板も展示されていました。

08土台 09-0カメラ09-1乾板
下はカールツァイス製のカメラで、望遠鏡と一緒に購入されました。
10カメラカールツァイス 
 月による掩蔽の計測用に工夫考案された装置です。
11装置 
 下は「クロノメーター」と呼ばれ、天体観測時に長時間安定した時を刻む時計です。
12時計 
 ガリレオ望遠鏡のレプリカです。
14ガリレオ
15ガリレオ望遠鏡 
 江戸期のものの写本と思われるが、暦、潮汐などの文書が展示されています。
16資料17資料
18資料 
 以下は、昭和50年代まで使われた天文用振り子時計で天文台技師の山下氏の開発したもので「山下時計」と呼ばれるそうです
19時計 
 下は、自動光電子午環の建物で色々な機器の資料館になっています。次回にご紹介したいと思います。
20資料館 

 旧いものを見るのは興味深いですが、今のデジタル時代では何でもないことでも恐ろしく困難なものもあり、それを乗り越えるために知恵や工夫を絞りつくしたのだナ~ということで、しばし感じ入った次第です。 


                                              国立天文台 三鷹 2 へ
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  1. 2013/09/15(日) 14:50:02|
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すばる望遠鏡のカメラ と アンドロメダ銀河

 先日 国立天文台は、すばる望遠鏡に搭載し、本格的な観測を開始した超広視野主焦点カメラ「Hyper Suprime-Cam(ハイパー・スープリーム・カム:HSC)」が撮影したアンドロメダ銀河の姿を公開しました。
 素晴らしいニュースでしたので、少しばかり調べてみたらビックリ仰天の内容がたくさんありましたので  要点をピックUPし 記事にさせて頂いた次第です。 既に詳しく ご承知のかたも多いかと思いますが…。


HSC f ハイパーシュープリームカム 
 上左はカメラ全体で、高さ約3m、重量3tonの怪物級デジタルカメラで独自開発された116個のCCD素子を持ち、合計は8億7000万画素になるのだそうです。右は直径86cmの第一レンズが見える画像ですが、1.7m鏡筒に 7枚 のレンズが収まっており 『HSC補正光学系』 と呼ぶそうです。  (copyright 国立天文台)


 CCD素子は、浜松ホトニクスという会社が国立天文台と共に開発。  補正光学系といわれる 光学収差や大気分散を補正し、高い結像性能を要求された光学系は キャノンが担当。 また三菱電機は、重さ数トンのHSCを1-2μmの位置精度で制御しながら望遠鏡上で安定した観測姿勢を保持するための機械部品である主焦点ユニットを担当した。 (ヤフーニュース記事より) 

 またチョット蛇足ですが
ウィキペディア によると、望遠鏡は 主反射鏡 有効直径:8.2m 焦点距離:15m
  主焦点F値:2.0(収差補正光学系を含む)=焦点距離16,400mm
 カセグレン焦点F値:12.2=焦点距離100,000mm
 ナスミス焦点F値:12.6(望遠鏡本体の左右に2つ)=焦点距離103,320mm  
 …ということで、主焦点の F値がこんなに低いとは知りませんでした。 さぞかし困難があったでしょうネ。
                        
 
 話し変わって 以下は 6cm望遠鏡で撮ったアンドロメダです。HSC記事と一緒にさせて頂くのもあつかましいですが、超々極端を…ということでご容赦ください。
 すばる望遠鏡の 8.2m(820cm)と面積比でみると…? 6x6/820x820  ですので 18,678 分の 1 です。 比較してもしょうがないのですが…。

M31 FS60C FS60C  L:12'x12枚 RGB;各々4'x6  カメラ:ビットランBJ41L 
 下はφ15cm鏡で、アンドロメダのHⅡ領域を狙ったものです。 HⅡ領域は ところどころに赤く写っています。

M31 H2 UPs 
  TOA 150 830mm fL   L:12'x8 Ha:20'x12  R:4'x8 G,B:各4'x6 (合計 416分)   カメラ:ビットランBJ41L 

 いずれも、既に本ブログに投稿したものですが、改めてアンドロメダに想いを込めまして 再処理して掲載致しました。
 HSCは銀河の星つぶにも迫るそうなので、上のHⅡ領域などは形の特徴が明確に分かるンでしょうネ…。 『何々星雲』…などとカタログでも作って楽しませてくれたらよいのですが、ダークサイドの研究のために作ったカメラですから無理でしょうネ…。


 さて、よろしかったらもう少しお付き合いください。

 今、宇宙研究の最前線は、暗黒エネルギーや暗黒物質の謎(ダークサイド)を解明し、宇宙全体の地図作りに挑もうとしている。 こうした中、「すばる望遠鏡」は最大の強みである視野の広さと高い解像力が、ダークサイドの解明に威力を発揮する。ダークサイドの探索では、80億光年という奥深さを対象にできるだけ広い夜空について、網羅的に調べる必要がある。1個1個の天体の特性ではなく、天体が乗っている宇宙全体の傾向を知りたい。銀河のイメージを何十億個も撮ったり、天体から出る電磁波のスペクトルを何百万個も解析することによって、宇宙の全体像が見えてくる。
 
 すばるの視野がどれくらい広いかというと、旧スープリームカムで8000万画素CCDを搭載した主焦点カメラは、同クラスの望遠鏡に比べ 20倍以上、ハッブル望遠鏡の100倍も広い。新しい「ハイパースープリームカム」はこの旧型の約10倍の視野をカバーしている。
 2017年には、「SuMIRe計画」によって、2400個の銀河について同時にスペクトル解析が行える分光観測装置も稼働予定だ。そうなれば、現在の望遠鏡で1000年以上かかる宇宙の地図作りを(1/200の)5年で完了できる見込みだという。
 (以上 ナショジオ記事より)

 同じような内容ですが、『すばる望遠鏡HP Topics』では次のように言っています; 
 先代のカメラ Suprime-Camは、ダークマター分布の研究ですばらしい性能を発揮し、次々にダークマターの集まりを直接検出してきた。一方、その頃、宇宙の加速膨張が観測され、その原因となるダークエネルギーが大問題となっていました。しかしこのダークエネルギーの謎に迫る観測計画を検討してみたところ、Suprime-Cam では 50 年以上もかかってしまうことがが分かりました。 そこで 『およそ 10 倍の効率 (視野) を持つカメラを作るしかない。』 …と これが HSC 構想の始まりだった。 …ということでした。


 はてさて、昨今 国と国との間でギクシャクしているところが目につきますが、ダークサイド宇宙のような ドデカイ難物を相手に国際的共同研究をより一層進められるなら、少しはましになるンではなかろうかと思いますが…。

 いやどーも長くなりまして…、それではこのへんで… どうもお疲れ様でした。

 
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  1. 2013/08/03(土) 12:15:40|
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JAXA 相模原キャンパス -2 日本の衛星達

 今回は衛星を中心にまとめました。 歴史の主なところを振り返り、将来を覗く…の主旨です。
 
 日本初の衛星 『おおすみ』 からです。 左側の組み立てられているものは 1/2 スケールモデルで、上部の円錐部に加速度計、温度計、発信機、そして電池などを積んだシンプルなものだったそうです。その下の黒く丸いものが4段目ロケット(球480φ)で 右に分解された原寸大のものがあります。その下に2つ転がっているのが燃焼試験前と後の噴射ノズルです。

010 おおすみL 
 数回の失敗の後、1970年2月11日ついに成功。 日本は 当時のソ連、米国、フランスに続く 第4番目の衛星自力打ち上げ国となりましたが、無誘導で衛星を軌道に乗せたのは世界初なのだそうです。
020 おおすみ説明m 
 では無誘導衛星打ち上げとは…? 難解でよく解りませんでしたが、どうも早い話し ロケットのエンジン停止状態で 放物線軌跡上の頂点で水平になった時/なる時?を利用し、上記最終段の4段目に点火し衛星を軌道に乗せる…と言うことのようです。 
 ロケットが燃焼中に自らをコントロールするのは、ミサイル技術に転用可能になる…という当時の野党の指摘に対応したのだそうです。(ウィキペディアによる) どこかの国とまるで違います。
 打ち上げも風まかせの時代があったようですが、ここでも 日本的というか 不屈の精神というか…何とも言えない素晴らしいことだと感服しました。

 下は、ハレー彗星探査機で 左が 『さきがけ(試験機)』、右が 『すいせい』 です。 1/5スケールでしたので大きさの実感はつかめませんでしたが、原寸は1.4mφ×0.7mhと言うことでした。  
 ミュー 3SⅡでの打ち上げでした。
030 さきがけ すいせいL 
 『はやぶさ』は説明不用と思いますので…。
040 はやぶさ1L 
 筑波には1/2スケールモデルがありましたが、やはり 1/1 でないと大きさの実感はわかないものです。 写真でも大きさをつかめるようにと警備員さんに協力してもらいました。(少し小ぶりなかたでしたが…)
040 はやぶさ2m 
 正面玄関のそばに誇らしげに立っていました。
040 はやぶさ3m 
 有名な回収風景ですが、物々しいデモ隊相手のようないでたちですネ。
040 はやぶさ回収 4m 
 『イトカワ』 から持ち帰った、岩石・粉塵の拡大模型がありました。 大きさは いずれも 0.05mm 前後と言うことでした。
040 はやぶさ採取石5m 
 次期はやぶさの計画と1/10スケールモデルです。 いろいろ改良の上 ”C型小惑星「1999 JU3」” というのを目指すそうです。 サイズは初代はやぶさと大体同じくらいでした。
040 はやぶさ次世代 6m 
 イカロスです。これも 日本の技術が優位にある分野で今後が期待されます。実物は14mの四角ですのでかなり大きいです。
050 イカロス 1m 
 帆は遠心力で広がりますが、その展開される様子はとても面白いと思います。
050 イカロス 2s
050 イカロス 3s
050 イカロス 4s
050 イカロス 5s
050 イカロス 6s
050 イカロス 7s  

  赤外線宇宙望遠鏡 『スピカ』 は、2022年度打ち上げ予定でだいぶ先ですが、成功すれば現在の 『あかり』をはるかに凌ぐ高性能の宇宙望遠鏡になるようです。
080 スピカ1m
080 スピカ2m
080 スピカ3s
080 スピカ4s
080 スピカ5s 

 イプシロンロケットと、惑星探査機で赤いリボンには 『平成25年8月11日打ち上げ予定』 と明記されています。
090 イプシロンm 070 惑星探査2m  
   
 衛星マスコット達
060 マスコットm 


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  1. 2013/07/07(日) 13:31:04|
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JAXA 相模原キャンパス -1

 去年は茨城県つくば市のJAXAを見に行きましたが、今回訪問した神奈川県相模原市にある JAXAは 通称 相模原キャンパス と呼ばれ 「旧宇宙科学研究所(ISAS)・前身は東京大学宇宙航空研究所」 の本拠地と言うことになります。     
01メインビル m

 上はメインの研究管理棟で、そこに色々展示されていました。   
02 メインビル手前 m 
 下は、ミュー3SⅡでハレー彗星探査試験機 「さきがけ」、同探査機 「すいせい」など、日本で初めて地球重力圏を脱出したロケットです。 この胴体の直径が因縁付きの1.4mで、ずいぶん細長~いロケットだなーという感じです。
 (当時の科学技術庁が、ISASのほうは 直径は1.4m以内…とだいぶ昔に決めたことを固持したため…だそうです。)

03 ミュー3S2 L  
 こちらは、1.4m 制限も無くなって 2.5mに大幅UPした M-V(ミューファイブ)です。いろいろな衛星,探査機を宇宙に運びましたが、「はやぶさ」 もそのうちの一つです。
04 ミュー L 

 ところで今回の訪問は、言うに及ばず星空から見放され続けているので…と言うことですが、加えて読売新聞が 「時代の証言者」 というコラムに 「日の丸ロケット」 というタイトルで連載した記事にひかれたためでもありました。
 以下はその一部の切り抜きです。 ロケットの直径1.4m制限のお話しも出ており、Max拡大なら読めますので 気が向かれましたらぜひどうぞ…。

05 時代の証言 1 m s 

 以下の開発の歴史年表は 分かりやすくできています。 中央やや上にある西暦表示ベルトの上は 旧宇宙科学研究所(ISAS)の開発歴史で、下は 旧宇宙開発事業団(NASDA)のそれです。 また 文部省、科学技術庁が統合され 文科省になり、それぞれの管掌下にあった両者も統合され 2003年に 独立行政法人 「宇宙航空研究開発機構 JAXA」 となった年から この年表の上下ともに濃い青色のJAXAになっています。
 また黄色い矢印線は技術の流れを、薄緑色は運用期間をそれぞれ示しています。 スケールはペンシルの現寸大 を除き 1/100です。

06 ロケット歴史説明 1 L 
 よくみると、ペンシルロケットから出た黄色い矢印線(技術の流れ)は上のISAS・個体燃料系へはもとより 下のNASDA・液体燃料系にも(官僚組織を越えて) しっかり繋がり、その技術が生きています。 本当に基礎の基礎を築いた…と言うことなのでしょう。   
 なお、ラムダ 4S(5号機)は 1970年に日本初の衛星 「おおすみ」 を運んだロケットです。 ずいぶん細いな~と思い 調べたら直径は 76.7cm でした!。 
07 ロケット歴史2 L  
 左の上と下に 赤の小さいものが2つ見えますが、人間です。

 ところで、はやぶさは ミューファイブ(個体燃料)で打ち上げられたのです!… 知りませんでした~。 てっきり HⅡかと思っていました。 そういえば筑波で見たとき 見上げるような巨大な衛星がたくさんありましたが、たしかに HⅡは大物打ち上げ用でした。
 個体燃料ロケットは健在…どころか(日本では)これから主流になりそうです。 HⅡロケットのブースターも固体燃料ですし…。 よくみると年表の右端の…チョット照明が暗いが…HⅡ-B の横にしっかり イプシロンが控えています。 いずれ脚光を浴びるでしょう。

 以下は固体燃料ロケットの輪切りで、黒いのが固体燃料です。 中央に穴が通っていて外側へ放射状に溝が見られます。 中から外へ燃焼は進みますが、この放射状の 溝が ミソのようです。

08 ロケット燃料 m 

 そして原点の 『ペンシルロケット』 と糸川先生です。 3種類見られますが、長いペンシルや 2段式ペンシルは 初めてお目にかかりました。 
09 ペンシル 1 L 
 下は最初に水平撃ち実験をやったときの実機です。 日時、場所などが記されています。 国分寺には銃の試射場があり そこでやったそうです。  
10 ペンシル 2 s  
 当初10数機作った内 多くの実機がここに保存されています。
11 ペンシル 3 s 

 下は、ペンシルの後の2段式ベビーロケットで だいぶ大きくなりました。 発煙筒で飛翔の痕を追ったり、カメラを搭載して色々研究をしたそうです。 パラシュートでカメラを回収した研究員の誇らしげな顔はまさに 「開拓者」 です。
12 ベビーロケット m 

 そして カッパー、ラムダを経て ミュー、ミューファイブ に発展しますが、今ではそれ等も役割を終え、今後は下の写真の 『イプシロン』 になるそうです。 今年8月には惑星研究用の衛星(下の写真の金色の箔で覆われたもの)を乗せて打ち上げられます。 
13 イプシロン L 

 惑星観測衛星の説明パネルですが、少し難しいです。 そして 「時代の証言者-日の丸ロケット」 の最終記事では将来の方向性などが述べられており、なぜ小型のイプシロンなのか? など 興味深いと思います。
14 イプシロン m   15 時代の証言 2 S

 今回はロケット主体としましたが、次回はこの探査機や衛星についてまとめる予定です。 またお越し下さい。


 一般来客にも開放された食堂で スペースピラフ をいただきました。16 JAXA ランチ m
 

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  1. 2013/06/30(日) 17:16:55|
  2. 航空・宇宙
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日本科学未来館  MEGASTAR-2 cosmos

 訪問目的はメガスターと呼ばれ、文字通り100万個単位の星を投影するプラネタリウムです。 丸く飛び出している部分が、プラネタリウムですが プラネタリウム内は一切撮影禁止のため、メガスター器械のカタログ写真などで 後ほど紹介します。
00 未来館 外観 

 吹き抜けのメインホールに 未来館のシンボル展示として「Geo-Cosmos」があり、直径6.5mの球体にLEDを100万個近く配置、人工衛星から配信されてくる画像データをもとに、刻々と変化する地球の姿を表示しています。
01 メインホール 
 HⅡロケットエンジンです。 日本のロケット、衛星などの展示はJAXAには及びませんが、科学全般の展示がなされ、学生・生徒たちが実験を体験できる施設もあり賑わっていました。
02 H2エンジン 

 スーパーカミオカンデの1/10スケールモデルと、ニュートリノのセンサーです。

 「あれッ、1/10にしてもずいぶん小さいなー」 と思いましたが、このモデルのサイズは高さ(深さ)と平面の直径が共に 4mくらいでしたから、実物はそれぞれ40mになり巨大です。 センサーも予想以上に大きかったです。
  
 06 1-10スケール 05 センサー単

 これは、実物大のセンサーですが 実際は11,000個並んでいるそうです。
04 センサー 

 スバル望遠鏡と主鏡 のモデル
09 スバル 10 スバル鏡

 アシモは思ったより小ぶりでしたが、賢そうでした。 (?)  
11 アシモ 

  さて、やっとプラネタリウムの時間となりました。
 3D映像による宇宙誕生、銀河、惑星の形成、そして「MEGASTAR-Ⅱ cosmos」 の星空を楽しむことができました。 以下は ドーム と MEGASTAR-Ⅱ cosmos君 です。

12 フラネタリウム メガスター2

 既存のプラネタリウムでは、一万から数万個程度の星までしか投影していないことがほとんどですが、このMEGASTAR-IIでは、12.5等星まで、500万個の恒星という、我々の肉眼で見ることのできない星までも再現しています。 そのおかげで、天の川や星雲星団、暗黒帯などの見え方も格段の違いがあるそうです。(そこまでは分かりませんでしたが…)
 大川貴之さんというかたの考案・開発によるもので、大変な才能はもとよりですが、素晴らしい情熱を感じました。

 また性能の高さに反して大変小型軽量で、とても可愛らしいですネ。どこかで見たことがあるな~と思っていたら、これでした。 (R2-D2)

R2d2 

 ゆりかもめの「船の科学館」 駅から歩いて数分です。
13 船の科学館 
 

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  1. 2013/05/18(土) 12:46:26|
  2. 航空・宇宙
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JAXA 筑波宇宙センター & NASA ケネディ宇宙センター

 だいぶ昔ケネディ宇宙センターにて、アポロ計画のサターンロケットを見ましたが、この時の写真がありましたので、今回JAXAと一緒に記事にしました。 人物の消し方が下手ですが、ご容赦のほどを…。
 ロケットのミッション、開発・製作年代、米国の威信をかけたプロジェクトであること、等々背景も何もかも異なりますので、比較にはなりませんが面白そうなので並べてみた次第です。

 5基のロケツトエンジンは怪物級。 矢印の直近の人物を基準にして大きさを想像してください

09アポロengine
08アポロb
07アポロa 
 長さは110m、底部直径 10m、 高度300kmの軌道に120トンの重量物を運ぶそうで、3000トンを越す全体重量の93%が燃料と言いますから、なんとも恐れ入るしかありません。

 前回記事のH-Ⅱですが、およそ 50m(長)x4m(直径)。H-ⅡAの重量は約300トン。 H-ⅡBなら 8 トンの重量物を軌道に運ぶのですから、立派なものです。
 
01 H2A 

 話しが突然変わりますが、サターンが 「 500グラム級のアメリカン・プライムリブステーキ 」 なら、H-ⅡA は、「 国産最高級黒毛和牛のしゃぶしゃぶ 」 と言ったところでしょう。   (^^) 

 スミソニアン航空・宇宙博物館の写真も同時に出て来ましたのでご覧ください。 ’86年頃でしたから、スペースシャトル計画開始後間もない頃でした。

 アポロ計画、月着陸船模型
06アポロ着陸船 

 アポロ宇宙船と、当時のソ連のソユーズとのドッキング (’70年代半ば 冷戦の緊張緩和が進んだ時代で、随分話題になりました)
04米ソ 

 その他、ジェミニ宇宙船、リンドバークの大西洋横断機、ライト兄弟初飛行機などです。 ( レプリカ )  ライト兄弟の飛行が1903年、そして1969年に人類は月に降り立ったのですから、その間わずか66年ということになります。 
05ジェミニ03リンドバーグ02ライト兄弟    


  筑波に戻り、「かぐや」 です。 2.1m四角 X 高さ 4.8m、重量は3トンの堂々たるもので、こんなに大きいとは思いませんでした。 
01 かぐや02 かぐや03 かぐや説明 

 「だいち」 は、 温暖化、気候変動、災害等々多くの調査能力があり、大活躍をしています。
16 だいち 

 これは、「 きく7号 」   技術・試験衛星です。
17 きく 7号 

 「かぐや」 の月面ハイビジョン映像は素晴らしいのですが、JAXAのHPなどからアクセス可能ですし、著作権問題も調べきれなかったので最小限にさせて頂きます。  「 教育・普及、報道などの目的なら 提供:宇宙航空研究開発機構(JAXA) などと明記することで使用可能 」 ということなので問題はないと考えられます。
 
 以下は 、宇宙航空研究開発機構(JAXA) によるものです。 
 順に、コペルニクス、地球の出、地球の入り です。 大型モニターでのハイビジョン動画をカメラで撮影したものです。  
動画には常に JAXA/NHK copyright が明示されていました。
  08 月面 13 月面地球出 15 月面地球入り

 どうもお疲れ様でした。  JAXA 筑波宇宙センター 1 は、こちらからお立ち寄りください。


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  1. 2012/07/30(月) 20:38:15|
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北関東は足利市住人です。天体写真、"かも"の木彫を"ものづくり"を取り入れて、ご紹介します。ご意見お寄せ頂ければHappyです。Tsukadom

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