天体写真コレクション 羽刈の里天文台より

冷却CCDカメラによる天体写真の掲示。観測ドームの製作過程や使用器具など紹介しています。

織姫神社と七夕 & 一句

 足利市はかつては織物で栄え、織姫(おりひめ)神社をお祀りし感謝と発展を祈願してきました。 時代とともに織物は衰退しましたが、神社は市民や広い地域の人々にささえられ存続しています。 昨今は織姫の名のもとに七夕祭なども取り入れるようになりました。
織姫 08
 神社は市街地にせり出した小山の中腹にあります。
織姫 01
 七夕飾りは随分控えめでした。
織姫 11
 下のお名前だけなので、ご容赦くださいネ。
織姫 06
 背景に見える舞台では、春・秋の例大祭のとき お神楽が奉納されます。
織姫 10
 あじさいは少し盛りを過ぎたようです。織姫 13


 織姫神社の背後、2.5時間の山歩き後 『大岩山の毘沙門天』 に至ります。境内には小中学生が夏休みに作った俳句が展示されています。
01毘沙門登り口
 結構立派な仁王様でした。
03-1仁王門
 境内一画に設置された俳句の展示板です。 去年の俳句と思います。
05境内俳句
 
(このブログでの) 最優秀賞です。 … 星たちが おしゃべりしている 夏の夜
06-1最優秀
 佳作3点
   ・ 山ほどの  宿題終わって 虫の声
   ・ 夏の空  ベガ星光って  目立ってる
   ・ サラサラと 星が流れる 夏の空

06-4佳作  06-2佳作  06-3佳作  
  以下は番外です。 川柳賞 と パクリ賞
 07川柳-1  06-5 パクリ系

 全般的に、小学生のほうが無心で微笑ましかったです。 (*^-^*)
 
 ……
 一句整いました … 梅雨雲の むこうに横たふ 天の川 

                   ひどいパクリでした。  (^_^;)
 
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  1. 2015/07/12(日) 11:34:39|
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大川家住宅と笛吹き坂  足利市 

 このところ 「なたね梅雨」 だそうで、星空に恵まれません。 一方北関東でも桜が大分開花してきましたので、市内の山里を訪ねてみました。

 足利市の西のはずれ、すぐ先は隣の桐生市になりますが 小俣(おまた)町と言うところに、国の登録文化財に指定されている 「大川家住宅」 と言う古い民家があります。

 先ずは母屋です。建築面積(建坪)で96坪という、この地方としては最大級の民家です。
01 母屋正面 
 以下は右端が玄関。および 邸内で更に囲われた庭へ続く小ぶりな門。
02玄関まわり 
 母屋側面  2階造りなのですが、ほぼ3階分の高さがありそうです。
03母屋側 
 下は巽(たつみ)蔵と呼ばれる蔵
 巽は方位で東南を意味します。通常蔵は乾(北西)か巽(東南)に置いたようです。

04巽蔵

 
 巽蔵に繫がる 続き蔵
05 続蔵 
 名主は苗字帯刀が許されたといいますが、大川家は江戸末期に藩士の格さえ戴いたのだそうです。
06やり 
 南側の板張りの塀ですがその内側は長屋風になっていました。
07 板塀 
 ※ 印は昨年秋の撮影です。 印象深く感じ、いま桜の季節に再訪問した次第です。


 笛吹き坂の物語(日本昔ばなし風の世界)

 都から来た若く美しく、素晴らしい笛を吹く修行僧と 大川家の美少女との悲恋の物語で、二人はいつか笛の音を合図にこの坂の付近で逢う瀬を楽しんだのですが、いずれは他の知るところとなり引き裂かれ、悲嘆にくれた青年は死んでしまいます。 そしていつか人々はこの坂を 「笛吹き坂」 と呼ぶようになりました。

 以下は修行僧の供養のために立てられた「石造卒塔婆」で、南北朝時代のものとされ、県文化財の指定を受け、大川家で管理しています。
 
08 石卒塔婆 
 下は坂の頂上付近にある「しるべ」で、『空 笛吹坂標地』 と彫られています。
09 笛吹坂標 
 今や 坂は拡幅・舗装され車が飛ばして行きます。
10 現代の笛吹坂 
 坂の傍らに咲くしだれ桜は三分咲きでした。
11 しだれ桜 
 染井吉野(たぶん)は八分…と言ったところです。
12 笛吹坂の桜


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  1. 2013/03/29(金) 22:03:06|
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スカイツリーが見えた! そして紅葉  足利市両崖山 

 足利市街のすぐ背後には、両崖山「りょうがいさん」という 高さ240mくらいの小山が有り、ハイキング客でいつも賑わっています。
 秋から冬へと空気が一段とクリアになり、頂上付近の展望台から 「スカイツリー」 や東京の 「高層ビル群」 が見える様になりましたので、紅葉の風景と共にそれらをご紹介致します。

 はるか地平線 左のほうに 「ツリー」 右は 「高層ビル群」 です。

ツリーと新宿 
 トリミングでのアップです。 展望台の形もかすかに感じられます。
ツリー UP 
 写真では、かすかに…ですが 富士山も見られます。
富士山11 
 北方に連なる山々のかなたに 日光の男体山が見られます。 
男体山1 
 ジェットと月齢4.6の月です。両崖山\ジェットと月cmp
 頂上 手前の岩場のすぐ上が展望台です。
両崖山展望台 
 尾根道が多く 「両崖山」 の文字通り、両側が崖です。
尾根路   
  頂上は「足利城跡」 ですが、かたわらに「タブノキ」という 「くすのき科」 の樹齢250年の古木があります。 
タブの木 足利城跡
 今(11月18日)は 紅葉の見頃です。
山寺 両涯山ふもと 
紅葉1 
 深い緑に囲まれた孤独な彩りを、山あいから一筋の夕陽が照らしています。
題して 『スポットライト』

スポットライト  

  どうもお疲れ様でした。




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  1. 2012/11/19(月) 15:37:49|
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行道山 浄因寺  ぎょうどさん じょういんじ

 足利市北郷の山地に入りかけたところに 「関東の高野山」 と言われた 行道山 浄因寺があります。 規模こそ高野山には歯が立ちませんが、歴史は古くなかなかの風情を持っています。

 山の中腹にある杉の老木に囲まれた駐車場から、苔むした木々や石仏を見ながら石段を登ります。
行道山001行道山003行道山002 
行道山004本文行道山004 
 100mほど登ると、最初の山門が現れます。
行道山005 
行道山006 
 さらに苔むした参道を登り、二つ目の山門をくぐると やっと到着で、まず小ぢんまりした鐘楼が現れます。
行道山007  
行道山008
  以下は 『清心亭』 とよばれる建物で、巨岩の上に建てられています。
行道山009 
 清心亭とそこに至る 『天高橋 』 は、江戸時代の絵師 北斎 により、日本10奇橋の1つ 「足利行道山雲の架け橋」 として紹介されました。
行道山010 行道山011
 周囲は奇岩絶壁と老杉に囲まれ南画さながらの風景になっています。 また、火災、雷火が重なり 本堂は立派なものでなく、代って民家風の建物となっていますのでここでは省略致します。
行道山012  行道山013

 寺の背後から竹林などを経て、更に奥へと山道を登ります。 山頂付近には 『寝釈迦』 といわれる寝姿の釈迦像があります。 体長50cmくらいの小さな石像です。
 

行道山014
  南に山里 北には山々が重なります。
行道山015
行道山016 
行道山018本文行道山018  行道山017   どうもお疲れ様でした。



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  1. 2012/10/12(金) 15:44:14|
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山里と美術館   栃木県 足利市

 最近星の写真が撮れないので、今回は 『 うさぎ追いしかの山 …』 の雰囲気などをお伝えしたいと思います。 

 ここは 足利市街地からは大分離れた富田というところにある 龍泉寺という寺の付近です。

04橋周囲 
 青い屋根は寺の観音堂への山門の屋根です。(かや葺きなのですが、文化財保護上 トタンで覆われてしまっていました。)
 参道にかかる石橋が、登録文化財に指定されている 『 釣地橋(つるちはし)』 です。 大正6年(95年前)に造られたものです。

01橋全景 
 流れていた 『出流川(いづるがわ)』 は、TOPの写真の川ですが、昭和後期の河川改修で今は、橋から少し離れて流れています。
02正面 
 山門の奥の観音堂には、県の文化財に指定されている 『聖観世音』 立像がありますが、平安時代の作といわれています。
03橋 
05龍泉寺 

 寺は無住のため一部 荒廃していますが、境内には樹齢800年といわれる茅の大木がそびえています。
06茅08茅 
09ほとけ 
 下は観音堂に至る山門です。
09観音堂門10左11右 

 夏日でも木陰は涼しく、ハグロトンボがたくさん飛びまわっています。
12境内 

 観音堂ですが、中は見られませんでした。
13観音堂 



 近くには、栗田美術館があります。 伊万里、鍋島の磁器のみ 1万点あまりを収蔵する、世界的に見ても有数の陶磁コレクションです。 
16美術館入口付近
14栗田美術館 15全景図 17入口門  

 下は 世界陶磁館です。
18世界陶磁館  

 ご興味がありましたら、栗田美術館のホームページにお立ち寄りください。
 
 http://www.ansible-japan.com/kurita0/


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  1. 2012/09/07(金) 23:42:20|
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田んぼ

田植えが済んだあとの水田を吹く風はさわやかです。 遠方にいちごのビニールハウスが並びます。
水田01 

スカイツリー,浅草方面行き急行電車が、田んぼの中の無人駅を通り過ぎます。
水田02 急行電車 

大型田植え機では隅々まで機械が届かないためか、手植えで補います。
水田17 農作業 

2毛作の盛んな北関東の田植えは、少し遅れて梅雨の最中がピークです。 しかしその大変な農作業も今ようやく済んで、田には色々な生き物が見られます。

『 かぶとエビ 』  体長1~2cmです。 雑食で田んぼの草を食べてくれます。
水田03 兜エビ 
現在飼育中。 
水田03 兜エビぺあ 

これは 『 ほうねん(豊年)エビ 』 赤いのが尻尾、下に目が見えます。 1~2cm。
水田05 豊年エビ 

これは 『 げんごろう または ガムシ 』 と呼ばれる昆虫です。 1~1.5cm
水田06 ガムシ 

『 あめんぼう 』 ですが、特に大きな種類のようです。
水田07 アメンボウ 

ヤゴか、ガムシなどの幼虫だと思います。
水田08 幼虫 
これは嫌われモノの親分格 『 ひる 』 です。
水田09 ヒル 
この他にもオタマジャクシ、蛙は無数に。 メダカ類、たにし、などなど種々雑多です。

広大な地に広がる水田に公平に水を引くには、我々の知らない多くの難題や労力があるのだと思います。 公共の揚水ポンプで1mくらい水位をあげて満遍なく水を流しています。
水田10 水路 
立派な灌漑施設により、我田引水、水争い…などという言葉も、農業の世界に限ってはとうに死語になりましたが…はてさて…。
水田11 水路 水田12 水路

この駅は水田に囲まれています。利用者も限られており無人駅です。 数百m離れた田んぼのなかの県立高校の利用者が大半なのでしょう。 水田13 無人駅
館林市と足利市のほぼ中央にある 『 県(アガタ)駅 』 です。
水田14 無人駅サム 水田15 無人駅サム
急行は一気に通り過ぎます。
水田16 急行電車 

四方田んぼに囲まれた学校は珍しいらしく、映画ロケにも利用されました。
水田18 学校 
上は学校の南側、下は北と東側です。 西側も田んぼです。
水田19 学校 
田んぼのなかの自販機。
水田20 自販機 

どうもお疲れさまでした。
水田21 松葉ぼたん 


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  1. 2012/07/04(水) 12:15:06|
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栃木県足利市 Ⅲ レンガ造りの工場 (株) トチセン

 足利市シリーズのⅢは、1999年に国登録有形文化財の指定を受けた「㈱トチセン」のレンガ造りの工場を紹介します。この度は同社社長さんのご好意により、文化財として貴重な工場内部まで拝見させて頂きましたので、しばし明治・大正の気分にひたりたいと思います。  

 繊維の染色仕上げ加工に専門知識を有する「㈱トチセン」は、その特有技術を生かし当時の繊維産業の衰退にも懸命に対応し、昭和38年にはポリエステルフィルムへの染色加工技術を確立しました。そして日本で数少ないフィルム染色メーカー として、フィルム加工を通じ粘り強い経営を続け、この分野で生き残っている会社です。 2005年には 県フロンティア企業に認定されています。

 設立こそ1949年の戦後ですが、その源流は1913年(大正2年)設立された 「足利織物株式会社」です。 そして戦時の企業整備令、その他幾つかの変遷を経て現在に至る実質一世紀の歴史を有する会社です。

 さて、これは「旧足利織物赤レンガサラン工場」で石材を窓枠とする窓が特徴です。
  (サランは、ある種の合成繊維の商標名で、サランラップのサランです)

トチセン2
トチセン1 

 以下は、同じく「旧足利織物赤レンガ捺染(なっせん)工場」です。 捺染は英語では printing と訳されますが、染料液にひたして染める浸染に対し,染料を含む捺染のり(糊)を印捺して模様染を行うのが捺染です。
 この、6連の(…1つカメラに納まり切れませんでした)ノコギリ屋根と窓で広い工場内を明るくしています。 壁面の模様は戦火を避けるべくの迷彩模様の名残りです。
トチセン3 
国登録有形文化財の指定を記すプレートです。
トチセン4     
 時の経過にも関わらず、美しい赤レンガです。 これは明治の実業家渋沢栄一が中心となり設立した 「日本煉瓦製造会社」 製であることが確認されています。 同社製のレンガは東京駅や迎賓館(旧赤坂離宮)などにも使われています。
 また、レンガの積み方は「イギリス積み」と言われ、長手だけの段と短いものだけの段が上下方向に交互に積みあげられています。

 レ
ンガ造りの外壁はもとより、木造製の内部軸組み構造は力学的に大変美しいもので、相当な重量物を支えている割に、梁はさほど太くなく、互いの間隔を適切に取りながら、かつ梁の中央やゝ右寄りの垂直材や筋交いを配することで、三角形をうまく使い荷重を分散させているようです。
  鉄骨でなく木造であることが何とも味わい深いものです。
 垂直材、筋交いなどと言わず 吊り束 .方杖 と言うほうがよいかも知れません)
トチセン5 トチセン6

 古き時代の、大きな旋盤です。動力は上からベルトで取っているようです。ハダカ電球のもとで作業をしたのでしょうか
…。 今とは異なり加工された品物の良し悪しは職人の腕一本にかかっていたことでしょう。 コンピューター制御を見慣れた現代人にとっては、何か昔の人に頭の下がる思いが致します。
トチセン7 
そこここに赤レンガがアクセントのように配されています。
トチセン8 
 以下の写真は 「ランカシャボイラー」 と呼ばれるボイラーで 、イギリスの紡織会社で多く使用されたため、その地名から命名されました。 これも国登録文化財です。
トチセン9 

以下のレンガ造りの装置は、横置き多管式と呼ばれるボイラーです。
トチセン10 

 下の建物は 「旧足利織物機関室」 で、ランカシャボイラーが設置されている建物です。 迷彩模様がずいぶんよく残っています。
トチセン11 
機関室の外壁の一部ですが、高圧蒸気の分配孔でしょうか…。
トチセン12 

 サラン工場内部  この部屋のみならず敷地内のあちこちは時代を思わせる風景・風情にあふれており、過去にこれらの時代を背景としたテレビドラマのロケが 2度も行われました。また赤レンガ工場などは最近NHKのTV番組でも紹介されました。
トチセン13 
倉庫として利用しながらも、大事に愛情を持って保護・保存されているように感じた次第です。
トチセン14 トチセン15

 これだけの古いものを保存するには、諸々の大きな労力を要すものと思われます。 決してそれに報いるまでには至りませんが、一人でも多くの人に知ってもらい、心にとめ、歴史に思いを馳せながら何かを感じて頂ければ…と考える次第です。



栃木県足利市 Ⅰ  日本最古の学校とされる足利学校、ばん阿寺
栃木県足利市 Ⅱ  八木節のふるさと足利  
                  
などを紹介していますので、どうぞお立ち寄りください。


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テーマ:建築デザイン - ジャンル:学問・文化・芸術

  1. 2012/06/15(金) 13:42:05|
  2. 郷土
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栃木県 足利市のご紹介。

 全国よりアクセスして頂きありがとうございます。こちらでは栃木県足利市の歴史や文化的なもの、その他 ご紹介致しますので、ごゆっくりご覧ください。

* 大川家住宅と笛吹き坂     登録有形文化財の紹介と まつわる伝説の紹介です
* スカイツリーが見えた 足利市両崖山          お薦め
* 行道山 浄因寺 足利市山中の古刹の紹介です。  
* 山里と美術館 …自然豊かな里の古寺と栗田美術館の紹介です。
* 田んぼ … 市街地周辺の水田と生き物、風景などの
          写真をご覧ください。
   
* 赤レンガの工場-株式会社トチセン             お薦め
* 八木節のふるさと八木宿、例幣使街道          お薦め
* 足利学校-日本最古の学校、及び ばんな寺      お薦め



テーマ:栃木県 - ジャンル:地域情報

  1. 2012/06/08(金) 13:03:15|
  2. 郷土
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栃木県足利市 Ⅱ … 八木節のふるさと

 民謡「八木節(やぎぶし)」をご存知ですか、『〰あぁーチョイト出ました三角野郎が、四角四面のやぐらの上でぇー…』と酒樽を太鼓に、リズミカルに歌い上げる民謡を耳にされた方は多いのではないかと思います。

それでは先ずさわりのみですがお聞きください。

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今回は民謡「八木節」発祥の地としての足利市をご紹介させて頂きます。
 八木節発祥については、現在の栃木県足利市にあった八木宿において、のちに初代八木節宗家となった『堀込源太(本名渡邉源太郎)』が歌っていた歌がそのルーツであると考えられています。また八木節という名称は八木宿にちなむものと言うのが通説です。そして当時の梁田郡・堀込村出身の渡邉源太郎がのちにその生誕の地名を以って宗家「堀込源太」を名のりましたが、この堀込が八木宿のすぐお隣に「堀込町」として名を残しています。 
 (足利郡山辺村堀込 とする資料もある。どちらにしても同じ地域・地点です)

 また当初は渡邉源太郎の名から「源太節」と呼ばれてきましたが、1914年(1913年説もある)に日本蓄音機商会(現在の日本コロムビア(株))でレコーディングされる際に「八木節」と命名されたのです。

八木宿交差点 
上は「八木宿」 下はお隣の「堀込町」です。
 堀込町信号 

 さて、ここで「八木宿」のお話しですが、先ずは「日光例幣使道(にっこうれいへいしどう)」のご説明から入ることに致します。通称「例幣使街道」と呼ばれます。
 徳川家康没後その霊柩は、久能山から移され日光山に納められていましたが、正保3年(1646年)家康は朝廷から「東照大権現」として祀られます。以後毎年京都から幣帛(へいはく)を奉納する勅使がつかわされましたが、この勅使は例幣使といわれました。例幣使はその後220年の長きにわたり続いたそうです。また幣帛とは神前に奉献するものの総称です。

 例幣使は京から中山道を通り、今の群馬県高崎市付近の倉賀野宿を起点とするこの日光例幣使道(16宿場)に入って、更に楡木宿からは壬生道~日光道を経て日光に至ったのでした。 

 さてこの例幣使道の中間付近にある宿場『八木宿』が今の足利市のなかにあり、今もその名が上記のように残っているのです。

例幣使道図  ←八木節会館資料

例幣使街道添いの『道しるべ』です。足利道と刻まれているのが分かります。その他太田道、館林道、などとそれに方角(東西南北)なども刻まれています。 
道しるべ道しるべ説明 
例幣使街道、及び周辺の一コマです。 クリック拡大してご覧ください。
街道の春梁田古寺2梁田古寺1街道 


さて、八木節については発祥の地八木宿にある 『八木節会館』 に伺いお聞きしました。
説明して頂いた「ハガワさん(写真)」は、大変な情熱家で話し出すと止まらなくなり、まるではぎれよい八木節を聞くようでした。大変ありがとうございました。

会館全景名物解説者 
八木節会館/連合会 HP http://yagibushikaikan.sakura.ne.jp/yagibushikaikan.html をご覧ください。
このなかの 「公演」 に本格収録版がありますので、ごゆっくりお楽しみください。

会館では、訪問者が10人になれば八木節を実演してくれます。事前連絡・調整の上です。

以下は。同会館展示資料の一部です。冒頭の八木節と共に掲載のご了解を頂いております。
堀込源太写真、そして宗家系図、四代目無形文化財指定、初代から5代目までの写真です。
                
小さい写真はクリック拡大してご覧ください。
堀込源太本文用宗家系図4代目無形文化財初代,2代目3,4,5代目
 初代は誰しも聞きほれる美声はもとより、上の写真のように男前でたいそうな人気だったそうです。しかしそればかりでなく2代目に二十(はたち)そこそこの他郷の若者を抜擢するような、心も大きなものを持っていたようです。よい意味での頑固さも持った惚れ惚れするような人格、人物だったのだろうと思います。
 ちなみに、宗家は世襲でなく弟子のなかから選んだそうですから大変厳しい世界だったと推測されます。更に弟子は、右源太・左源太・小源太などと、清水次郎長の子分の大政、小政…のように実力者がそろっていたのです。

大正時代の八木宿風景、その他
大正時代1 大正時代2 昭和期資料 婚礼時八木節資料 楽譜
そして、樽たいこ、鼓などです。
酒樽,つづみ 

どうも、お疲れ様でした。 ここで一旦締めと致します。

栃木県足利市 Ⅰ にて、日本最古の学校「足利学校」を紹介していますので、どうぞお立ち寄りください。

また、栃木県足利市 Ⅲ では、美しいレンガ造りの工場を紹介していますので、こちらへもお立ち寄りください。

 


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木節の由来をもう少し:   (一部上記と重複致しますが…)

 八木節の生まれ・おおもとは例幣使街道にあった八木宿、太田宿、木崎宿などの宿場に越後方面から売られて来た遊女や飯盛り女達が望郷の念にかられ唄った越後の瞽女(ごぜ)唄、越後唄と考えられています。

 一方宿場で馬方をしていた渡邉源太郎は抜きん出た美声の持ち主で、馬子唄のみならず瞽女唄や宿場女の歌も大変愛し、すぐにそらんじて道々唄っていました。 源太郎は昼夜苦心を重ねこれらの唄をはぎれのよい曲調に仕上げそして唄った唄は、次第に人気を博し、名声を高めつゝ八木節は出来上がってゆきました。

以下は、足利市織姫神社というところにある「八木節由来の碑」です。

八木節由来

そして、大正三年(1914年)に日本蓄音器商会(現在の日本コロムビア(株))でレコード録音を実施。地元の宿場町「八木宿」にちなんで「八木節」と命名されました。また当時の愛宕山放送局(現NHK)からのラジオ放送、東京への興行進出などなど全国に広まったのでした。
 つまり、八木節は、
・創作者は堀込源太
・発祥地は栃木県足利市    ということにななります。

さて、冒頭八木節のさわりをやりましたが、この唄は 『八木節の由来』 を語ったもので、で出しの一部です。
詩(うた)の全部は以下のとおりです。 現代では理解しにくいところもありますが、味わい深いものもありましたので、詩だけになりますが紹介させて頂きました。

来場なる 皆さん方へー
 平に御免を 蒙りまして
何か一席 伺いまする
 かかる外題を 何よと聞けば
八木節由来の その一席を
 うまい訳には まいらぬけれど
さらばこれから 伺いまする

頃は幕末 安政時代
 越後在なる 農家の茂作
続く不作に 涙をのんで
 一人娘の お雪を身売り
お雪流れて 八木宿廓
 辛い務めに 故郷が恋し
赤城曇れば 瞼に浮かぶ

雪の越後の あの空模様
 今日も荒ぶよ お雪の心
茶碗片手に 冷酒あふり
 昔恋しい 越後の口説き
今日も唄うよ 廓の窓で
 暗い苦しい 廓の暮らし
越後恋しや かかさん恋し


心まぎらす あの口説き節
 節もおかしく 唄ってあれば
街道筋なる 八木宿中に 
 宿場宿場に 広がりまして
いつか明るい 盆うた音頭
土に根をはる 暮らしの歌で
 老いも若きも 手に手を取って

唄い踊るよ 樽はちまきで
 晴れた星空 晴天なれば
今夜も聞こえる 明るい声が
 時は過ぎ去り 明治の始め
栃木県にて 足利南部
 堀込生まれの 堀込源太
声のよいのが 何より自慢

八木の宿場で 生まれたものを
 手網ふりふり 馬車ひきながら
畑に鍬ふる その合間にも
 苦心惨憺 苦労を重ね
調子取り取り 作りしものが
 隣近所の 評判高く
あれが源太の 八木節音頭

今じゃ全国 すみずみまでも
 歌いはやされ 広まりました
お聞き下さる 皆さん方に
 もっとこの先 読みたいけれど
名残おしゅうは 御座候えど
 先ずはこの度で 止め置きまして
御縁あるなら 又この次だが
      オォイサネー

                どうも、大変お疲れ様でした。



 



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  1. 2012/04/19(木) 16:15:54|
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栃木県足利市 Ⅰ …足利学校,ばんな寺

 広い関東平野も東京からここ足利まで、約80km北上しますと北関東の山々がすぐそこまで迫って来ます。渡良瀬(ワタラセ)川が町の中央を東西に横切り、北は山々に囲まれます。
全景d 
 人口は約16万人、古くから歴史と織物の町として知られましたが和服の衰退とともに大分変化し、近年はアルミ、機械・金属、プラスチック工業などを中心に、商工業都市となっています。すぐお隣の群馬県太田市にはスバルの富士重工業(株)があり裾野の広い自動車産業のもと、「ものづくり」ヘの気概も大いに盛んなところです。 
3足利 ←国定忠治の名月赤城山が街の背景になっています。 冬の空っ風(からっかぜ)は「赤城おろし」と呼ばれ、大変冷たく北海道からのお客様も寒がるほどです。

 さて、歴史といえば先ず日本最古の学校と言われる「足利学校」です。平成2年に江戸中期の姿に復元されました。
 以下の写真は「学校」 と彫られた額が掲げられた「学校門」と呼ばれる門で1668年(寛文8年)の創建です。これは足利学校のシンボルです。

学校門 d  
9足利 本物はガラスケースに納められ保存されています。

以下は「方丈」と言われ学生達が学んだ建物です。右に一部写っているのは庫裡です。 
方丈全景 
12足利 方丈の南面。14足利 内部には季節柄ひな壇が飾られています。

 下の左端の写真は奥にある「書院」で、庠主(しょうしゅ)の書斎、接客、個人教授が行われたところです。 そして庫裡の一画には資料その他が展示されています。
 庠主の「庠」は学校を、「庠主」は校長を意味します。今日の時代も庠主さまがおられます。
15足利 19足利 20足利 21足利

 下の写真は方丈に隣接する孔子廟です。徳川四代将軍家綱のときに造営されたもので、中国明朝時代の聖廟を模したものです。 足利学校では、現在「論語研究会」を主催し、広く一般に門戸を開きつゝ論語の普及を通じて、「論語のまち足利」をアピールしています。
17足利 16足利

そして「入徳門」を出て、全景を見ながら学校をあとにします。
7足利 6足利 

次は学校の隣にある「鑁阿寺(ばんなじ)」通称「大日(だいにち)さま」という寺に行きます。
観光まっぷ 
 途中には、足利尊氏の銅像や、黒塀に囲まれた土蔵、はたまた昔ーしからやっている手焼きせんべい屋、茶屋などがあります。
4足利 31足利 29足利 32足利
銅像の尊氏公は歴史教科書に出てくる尊氏公より、どーも太り気味の気がします。 (^^)

 さて、大日様は尊氏公の6,7代も前の源(みなもと)姓足利氏2代目の義兼が1196年に自らの館内に持仏堂を建て、守り本尊として「大日如来」を祀ったのが始まりで、3代目の義氏が堂塔伽藍を整備し足利一門の氏寺としたものです。
下は、山門より本堂(重要文化財)を臨んだところです。
山門から本堂 

伽藍図です。 Max.に拡大すればお読み頂けるかと…。
伽藍 

前後しましたが、山門と太鼓橋です。
23足利 
それぞれ室町、江戸各時代の古い建物です。

本堂、多宝塔(各2景)です。
25足利 26足利 27足利 28足利

つたない説明で恐れ入ります。それではまた後日、ご紹介を続けさせて頂きます。


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  1. 2012/02/18(土) 12:21:02|
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